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2010/01/09

Georgia O'keeffeの言葉


(January 2010, Georgia O'keeffe, from my book)

 In school I was taught to paint things as I saw them. But it seems so stupid!
If one could only reproduce nature, and always with less beauty than the original,
why paint at all?

 Nothing is less real than realism. Details are confusing. It's only by selection,
by elimination, by emphasis that we get at the real meaning of things.

1922
Georgia O'keeffe


(July 2001, Ranchos Church, Taos, New Mexico, USA)

(January 2010, Ranchos Church, from my book)

2009/12/15

POPOCATEPETL


(May 1996, Estado de Puebla, Mexico)

 標高5,426m、
ポポカテペトルはメキシコを代表する活火山だ。向きあうように聳える標高5,286mのイスタシワトル(IZTACCIHUATLE)とともに神話の山として知られている。アステカの王妃イスタシワトルと敵国の青年ポポカテペトルは恋におちるが、やがて対立する両国から追われる身となる。二人は厳しい逃避行をつづけ、自由の国を求め海をめざした。海に行くための極寒の山越。しかし、無情にも頂上で吹雪きにあい力尽きてしまう。山の民は二人を哀れみ、この山にポポカテペトルを、向かい合うもう一つの山にイスタシワトルを鳥葬した。そしていつしか、人は、この二つの山を二人の名前で呼ぶようになった。
 ポポカテペトルは活発な火山だ。その日も噴煙が上がり、夕日に山のシルエットが鮮やかに浮かび上がり,雄大な影をおとしていた。

2009/12/14

Village Green



(July 2001, Acoma Pueblo, New Mexico, USA)
 午前、土の竃に火がくべられる。食べるためには火をおこさないと
 いけない。煤で真っ黒くしたら食べることが出来ない。竃の周りに
 賑わいがうまれる。食べるための技術や知恵がリレーされていく。


 Louis. I. Kahnは村の共有地のことをヴィレッジ・グリーンと名づけた。ヴィレッジ・グリーンはつどいの場所だ。人間はつどうことで学び、表現の欲求をみたす。Acoma PuebloやTaos Puebloでは、土でつくられた竃の周りがヴィレッジ・グリーンになっている。人々は竃の周りで収穫したトウモロコシをたたき、粉にし、その粉を練る。それを火にくべて主食のトルティーヤを焼き上げる。世代を超えた村人が竃の周りにつどい、話がはずむ。ヴィレッジ・グリーンは、知恵や技術を次の世代に伝えていく場でもある。


(July 2001, Taos Pueblo, New Mexico, USA)

 ヴィレッジ・グリーンの多くが、食にかかわる営みを取り込むようにつくられてきた。現代の都市や宅地がどこかよそよそしいのは、そこに営みが共有される場所を見いだすことが難しいからだ。共有地の多くが公園などの修景施設でそれ以上のものではない。
 歴史的な街や文化をひもといてみると、明日のヴィレッジ・グリーンが見えてくる。これからの街づくりにもとめられるヴィレッジ
・グリーンは、どのようなものだろうか。その姿を描いてみたい。


2009/12/12

Acoma Pueblo


(July 2001, on top of a mesa, Acoma, New Mexico, USA)
 
 アコマの集落はメサの頂上にある。アコマ・プエブロはおよそ千年前に拓かれた。現存するものでは、米国で最も歴史のある集落の一つだ。高さ112mの断崖の上につくられ、今でこそ車が通る道路がつながっているが、そこは地上と隔絶した世界であり、千年の時を耐え抜いてきた街の姿がある。
 メサの頂上を歩き崖の縁まで行く。広大な大地をさらに大きな空が覆っている。地平線の向こうで真っ白な千切れ雲が次々とわき上がってはメサの上を通り過ぎて行く。地平線の手前にもう一つのメサがある。聞いてみると、アコマの人々はかつて、そのメサに集落を築いたことがあるという。昔、外敵の襲撃を受けたとき、
彼らはこのメサを放棄し、もう一つのメサに逃れなければならなかった。そして今、再び先祖たちと共にこのメサに暮らしている。

(December 2005, seed pot, my place, Tokyo, Japan)

 閉じられた世界、沈黙した時は、ときとして人に自らの内面に向き合う時間をくれる。そのような時間の存在がアコマにはあるのかも知れない。アコマは芸術の村である。人々は素晴らしい芸術の技を伝承し、今日も創りつづけている。彼らは、芸術を実用のためにつくり、人に気持ちを伝えるためにつくる。豊穣を願うシードポットや結婚を祝うウェディング・ポット。陶器は美しく彩色され、先祖から伝えられている絵柄が施される。その絵の一つ一つが言葉であり、メッセージになっている。絵の意味をたずねてみたが、なかなか教えてくれない。本来は言葉で伝えるものではないという。「一つだけ教えよう」彼はそう言うと、シードポットのトカゲを指差し、「long life」たった一つ言葉を音にした。

2009/12/11

青い色に


(July 2001, Acoma, New Mexico, USA)

 ニューメキシコ州の都市アルバカーキから車で半時程南に走ると、赤く焼けた大地に聳えるテーブル・マウンテンが姿を現す。テーブル・マウンテンはメサとよばれている。地球が生きてきた悠久の時間を感じさせる象徴的な風景だ。メサの上には地上と隔絶された文化が今も息づいている。
 村を歩くと、住居の窓や出入り口の周りが青い色で縁取りされていることに気づく。聞いてみると、出入り口の周りを青く塗っておくと家の中に悪霊が入ってこないと言う。青は魔除けに使われる色ということだ。
 どうも青は特別な色らしい。日本でも古くから多くの人が青に魅せられてきた。いにしえの時代、人は想いを伝えるために青い玉を贈ったという。青は愛情を伝える色であり、大切な人の幸せを願う色だった。地球の反対側のアコマの美しい青につれられて、いつの間にか、遥か遠い古代の日本の連想を旅していた。

2009/12/06

Simple Shaker Style





(October 2003, New Lebanon, NY, USA)
 ニューヨーク州北部のニューレバノンにあるシェーカースタイルの
 住宅に宿泊した。シンプルな木造でペンキ仕上げの質素なつくり。
 素朴な佇まいが紅葉の美しい庭と響き合う。この住宅は、どこと
 なく温もりを感じる空気で満たされていて、安心のうちに一夜が
 明けていった。

 住宅は地域の文化と生活に特別な関係がある。旅の途中で訪れる街のそれぞれに、その場所ならではの住宅の姿がある。床に響く足音を想像しながら床の材料を削り出す。書斎をつくるために、仕事に集中できる色を探し天井の高さを決める。安らかな眠りにつくための場所について考えをめぐらす。
 文化の中で鍛えられてきた住宅には神秘的な魅力がある。磨り減った階段や錆び付いた扉の蝶番が、住宅が生き抜いてきた時間を証言している。それらの一つ一つが時をこえた感情を呼び醒す。

2009/12/01

El Monte Sagrado


(March 2005, El Monte Sagrado, Taos, New Mexico, USA)

 高級リゾートとして知られるEl Monte Sagrado。米国ニューメキシコのタオスに立地し、グリーン開発の成功例としても注目される。地域の伝統的な建築様式と材料によって建設されている。開発前に敷地内に残されていた建物が活かされ、新しく建設された建物と調和している。窓や扉の縁を彩る青や緑の鮮やかな色が赤茶色の土壁と美しいコントラストをつくる。平屋の宿泊棟の各部屋には専用の庭があり、その庭を通って部屋にアプローチする。客室棟に囲まれた共用庭の木立と池はリゾートらしい景観を演出し、敷地内の微気候を穏やかに調整する天然の空調装置としてはたらく。

 このホテルはさまざまな環境技術に取り組んでいるが、特筆すべき点は敷地内のエネルギーの自給自足を目指していることだ。代表的なものが地中熱を活用した空調システムとリビングマシーンによる水循環だ。ホテル内の排水は一カ所に集められた後、ゲスト用の温水プールの室内に送られる。テントが架けられた温水プールの一角に生い茂る植物たちの根元で排水浄化のプロセスが進む。あたかも観葉植物のように見えるグリーンは巧みにつくられた水槽の中で生育していて、根元の水中に生態系が形成されている。微生物、巻貝、小魚など、小さな生物たちが生活排水を浄化していく。異臭もなく、プールにいるゲストはここに排水処理場が併設されていることなど、思いもよらない。

 処理された水は共用庭の小川を経て池に流れていく。流れの途中にいくつもの段差があり、小さな滝が生まれる。滝を流れ落ちる水は飛沫をあげ、空気中の酸素を水中に取り込んでいく。水中の酸素濃度が高くなることで悪臭の元になる汚泥が減り、メタンガスの発生が抑えられる。池にはガマが生育し池底に張った根が泥の中に酸素を送り込む。こうして浄化された池に魚が泳ぎ、その魚がレストランの調理場に運ばれる。


 El Monte Sagradoは環境技術の企業が技術の成果を実証し、事業として成立することを社会に示すためにつくったリゾートである。ターゲットは一般のリゾート客であり、リゾートのマーケットで高い評価を得ている。ここでは敷地内のエネルギーを100%自給するための挑戦が今も続いている。

2009/11/28

Tlacotalpan






(July 1996, Tlacotalpan, Veracruz, Mexico)

 トラコタルパンの街並はまるで建築博物館だ。500年前のコロニアル様式の回廊が続き、極彩色の鮮やかな建築が異彩を放っている。この町は15世紀に河川港として開かれ、漁業の町として発展してきた。町を歩いていると、そこここに当時の面影が感じられる。この町を訪れた7月は川エビの収穫の時期で、川に面したレストランでは例外なくエビの料理が並ぶ。簡単に塩で味付けされただけのエビにシラントロ(コリアンダー)を散らし、ライムをたっぷりとしぼる。さっぱりとした料理にメキシコのビールがよく合う。メキシコではビールにもたっぷりとライムをしぼる。グラス一杯のビールにライムを3つほど使う。氷、ライム、塩を合わせてつくるメキシコスタイルのビールはミッチェラーダとして親しまれ、食事の時間に欠かせない。
 町は二、三時間もあれば一通り歩けるほどの大きさだが、行く先々の色の変化が楽しく、美しい建築様式に興味が尽きない。

2009/11/27

Divisadero


(September 1996, Ferrocarril Chihuahua al Pacifico, ChP, Chepe)

 メキシコの北部、チワワ州の大渓谷Copper Canyonを鉄道で旅する。山賊の襲撃に備え列車の出入口は機関銃を装備した護衛が固める。列車は徐々に高度を上げていく。鉄道沿いに流れていた川は次第に視界からはなれ遥か下に遠のいていく。いくつかのトンネルを過ぎると、目の前には大渓谷のパノラマが広がった。
 Divisadero(ディビサデロ)は渓谷で最も標高が高い駅で、海抜2,400メートルの断崖絶壁の上にある。駅を降りて歩くと間もなく渓谷を一望する断崖に出る。そこに張り付くように建てられた一軒宿Hotel Divisadero Barrancasに宿泊した。



(September 1996, Divisadero, Estado de Chihuahua, Mexico)

 到着したとき、直前まで降っていた雨が上がり青空が見え始めていた。渓谷の彼方に2千メートル級の山脈が連なる。渓谷から立ち上る膨大な水蒸気が山塊の上に積乱雲をつくりだし、空一面を巨大な雲の塊が覆い始めた。雲は急速に広がり、雲の巨体に山脈が押しつぶされそうに見える。山頂には激しい雨が叩き付けるように降っているようだ。
 翌朝、前日に降りしきった雨が渓谷に壮大な雲海をつくり、空には霧がベールのように広がっていた。空の空気が朝陽を浴びてオレンジ色に燃え始め、まるでオーロラのような光景が出現した。Divisaderoの
大自然は圧倒的なスケールだ。一度目にしたらけっして忘れられない。

2009/11/24

Taos Pueblo



(July 2001, Taos Pueblo, Taos, New Mexico, USA)

 千年前につくられた住宅。米国ニューメキシコ州北部の集落、タオスにその住宅はある。世界遺産に登録されたためか、訪れる人は多い。しかし、商業色は少なく落ち着いた佇まいを見せている。五階建ほどもある建物は、分厚い壁で覆われ、壁をくりぬくように開口が空いている。内部は小さな空間に分節され、強烈な陽射しを浴びながらも凌ぎやすい室温に保たれている。建物前面の広場にはパンを焼く土の竃が点在する。高さ2メートル程の半球状の形態が眼を引く。
 最近では日本でも住宅の長寿命化が政治的な命題に取り上げられ、二百年住宅というコピーが登場した。しかし、これは建物自体が二百年保つように出来上がる、ということではない。建物は生き物だ。適切に人の手を入れることによって、初めて生き続けることができる。


 タオス・プエブロを訪れたとき、ちょうど少年が壁に土を塗っていた。ひび割れた表面を手当てしている。それを長い年月繰り返すという。親から子へ、またその子どもたちも壁を塗り続ける。自分たちの住む場所を自分たちの手でいたわる。タオス・プエブロが千年を超えて生きているのは、人がそこにいて、建物の命を支えてきたからだ。千年後、タオス・プエブロはどんな姿をしているのだろう、ふと、千年後の風景を想像した。

Mezqhita


(June 1989, Catedral de Santa Maria de Cordoba, Cordoba, Spain)

Light gives value to walls, windows, materials, textures, and colors
Light changes space
Light belong to the heart and to the spirit

2009/11/14

NY


(October 2003, NY, USA)

 マンハッタン島は強固な岩盤に支えられている。この百年間、岩盤の上に現代のバベルの塔が競うように建設されてきた。今、マンハッタンは高層建築の博物館のようだ。アールデコで飾られた壁面、エレベーターの意匠や照明など。この街には文化の証を伝える宝石がちりばめられている。

2009/11/13

山の空気




(December 2004, Torres del Paine, Patagonia, Chile)

山を散策し季節の便りにふれる。
清々しい空気に満たされ静寂の声に耳を傾ける。
陽の光が木々の葉を煌めかせながら舞い降りてきた。
Climb the mountains and get their tidings.
Nature's freshness air and peace will flow into me,
as sunshine flows into trees.




(December 2004, flowers,Torres del Paine, Patagonia, Chile)

2009/11/09

Guanajuato




(June 1996, Guanajuato, Mexico)
 
Guanajuato(グアナファト)はメキシコ高原都市を代表する
 美しいコロニアル都市だ。メキシコには銀を産出して栄えた
 都市がいくつかある。グアナファトはタスコと共に銀の街と
 して繁栄し、その豊かな富で美しい街並を創り上げた。
 メキシコシティから陸路で5時間程。グアナファトは迷路の
 ような街路の多様性と、建築群の色彩の美しさで類を見ない。
 その美しい色印象は、一度訪れたら忘れられない。
 この街には何度か足を運んだ。夕暮れ時、ロマンティックな
 街明りが灯る頃になると一人旅の哀愁を感じたのを思い出す。
  
街路に彷徨う。道筋の空間は急に閉じられたり、開けたりする。
演劇空間のような
シークエンスの街。
右に曲がり左に曲がり、建物の間をたどって行く。
美しく彩られた小径を抜けると、街を一望する
素晴らしいテラスに出た。

2009/10/30

夢見る能力


(February 2007, Beginhof, Brugge, Belgium)
 朝靄のベギン修道院。黄色いスイセンの花が
 いっせいに咲く時期も近い。
 どんなに長く感じても、冬には必ず終わりが
 あり新しい春が巡ってくる。
 この修道院は今年で763回の冬をのりこえ、
 764回目の春を迎える。
 
問題にぶつかり乗り越えるのが人生だ。
乗り越えるために想像力が必要だし、
その想像力が才能を花開かせる。
自分にとって想像力は、何かを信じ夢見る能力だ。

2009/10/29

INN OF THE ANASAZI


(July 2001, INN OF THE ANASAZI, Santa Fe, New Mexico, USA)

 ニューメキシコ州サンタフェのホテル、アナサジ・イン。このホテルはグリーン開発の成功例として有名である。グリーン開発とは、そこにある自然環境の価値を高め、すぐれた資源効率を実現し、そして地域社会と豊かな文化的感受性で結びつくこと、これら三つの目標が統合された不動産開発である。


(July 2001, room service menu of INN OF THE ANASAZI)

 2001年の初夏、アナサジ・インに滞在した。サンタフェのセントラル広場から近く、近隣には美術館が建ち並ぶ。ジョージア・オキーフの作品にふれることが出来るのは、この街ならではのうれしい体験だ。
 このとき、ホテルは完成してからちょうど十年が経っていた。外装の日干し煉瓦はネイティブ・アメリカンの伝統的な工法でつくられた物で、月日の年輪を重ね美しい表情をしている。ホテルの正面に立つと、四十年前まで、この建物が州刑務所の事務所だったことは想像もできない。素晴らしいリノベーションの事例だ。
 室内に置かれている地域の伝統的な工芸品、家具、美術品が温かみのあるサンタフェらしい空間をつくりだし、宿泊客を迎える。レストランではこの地方の有機農法でつくられた食材を積極的に使い、農家を支援し続けている。この地域の食文化を堪能できるメニューが楽しく、料理も一流だ。
 アナサジ・インの経営の根底にある理念は地域の共感だ。共感こそグリーン開発の本質だろうし、これから先、世界の人をつなげていく価値観だと思う。



2009/10/26

なぜ山に登るのか?


(January 2005, Torres del Pine, Patagonia, Chile)
 トーレス・デル・パイネ山頂の夜明け
 1月のパタゴニアは風が強い。岩壁の上で両手を広げ、ゆっくり
 体を前に倒していく。谷から吹上げる強風が体を押し上げ、一方
 で、重力は体を谷の底に引き込もうとする。風の力と重力が釣り
 合いやがて体は前傾したまま静止する。まるで空に翼を広げる
 コンドルのように。大空を飛んでいるような爽快感を楽しんだ。

頂上への道は
自分自身への道であり
したがって、どの山行も単独行のようなものである。
           アレッサンドロ・ゴーニャ

2009/10/11

海に流れゆくもの


(January 2005, Perito Moreno Glacier, Argentina)

 地上のあらゆる部分が、いつの日か海へ流れてゆく。巨大な氷河も日々海に向かって動いて行く。やがて崩れ去り、溶け出した養分が海の生物を育んでいく。
 しかし、今、地球はこの五十億年で経験したことのない事態に遭遇している。北太平洋亜熱帯還流とよばれる大陸ほどもある海域で、プランクトンを上回る重量のプラスチックが漂流している。ボディスクラブ剤に含まれるプラスチック粒や生分解後に残るプラスチックなど、微細で排水濾過を通り抜けてしまうプラスチック材が、世界中から海に流出している。
 こうしたプラスチックが分解するまで、いったいどのくらいの時間がかかるのか誰にもわかっていない。これまで自然に消滅したプラスチックがないからだ。いつか微生物がプラスチックを食糧にするかも知れないが、それは十万年先かも知れない。

2009/10/05

水の惑星


(January 2005, Gray Glacier, Argentina)

 地球は水の惑星である。水は生き物たちの住みかであり、生命そのものだ。地球は水を循環させることで豊かな生命を育んできた。
 生命とそれを支える食料生産、都市の産業などあらゆる活動が水に依存している。そして、急激な人口増加によって、水需要は増大の一途をたどり、さらに大量に水を供給することをせまられている。国際食料政策研究所所長、パー・ピンストラップ・アナーセンは、今後四半世紀以内に五カ国に一カ国の割合で水不足に直面する可能性を指摘する。また、水の需給に加えて人類が直面するもう一つの水問題は、利用可能な水の質の低下である。土壌中への化学物質の浸出、生産施設からの排水、生活排水中の過剰な栄養分とそれを栄養源とする藻類、微生物の繁殖。こうして質の低下した水を飲料水に変えるために、膨大な費用が必要になっている。
 水の需要の増大にどのように応えていったらよいのだろうか?帯水層の地下水という、かけがえのない水資源を枯渇させないためには、どのような取り組みが必要なのだろうか?水を希少な資源ととらえ直し、水を再生産し循環させていく仕組みづくりを急がないといけない。

2009/09/27

十年前 感じたこと


(January 2005, Buenos Aires, Argentina)

 ちょうど5年前の師走、メキシコに一年間の旅に出ることになった。OECFの海外援助案件、植林研究所を設計するためだ。慌ただしい年の瀬を迎えていた。
 年が明け、春の訪れとともに街は極彩色に色づいていく。メキシコの高原都市にいっせいにヘリオトロープ色の花が咲き溢れ、街の通りという通りが薄紫色に染まっていく。ハカランダの木々が花開く季節である。地面にはハカランダとブーゲンビリアの鮮やかな花びらが舞い散り、贅沢な花の絨毯が敷き詰められる。そんな中、通りには屋台が並ぶ。街はタコスやタマレスで一時の腹ごしらえする人々で賑わいを見せる。
 メキシコではあいさつは欠かせない。人と顔を合わせたときは Buenos-dias! レストランで食事を終えて出るときには、周りの人に Buen-Probecho! と声をかける。ちょっとした笑顔が返ってくる。
 豊かさとは一体、何だったのだろうか。この国の経済力は日本のそれと比べるべくもないのは確かである。しかし、ここでは、人々は確かに生きているということが伝わってくる。金銭的には貧しい人が多いに違いない。しかし、彼らには守るべき家族があり、愛する人がいる。「ここにあった」、そう感じた。
(December 1999, Inagekaigan, Chiba, Japan)