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(January 2010, Georgia O'keeffe, from my book) In school I was taught to paint things as I saw them. But it seems so stupid!
If one could only reproduce nature, and always with less beauty than the original,
why paint at all?
Nothing is less real than realism. Details are confusing. It's only by selection,
by elimination, by emphasis that we get at the real meaning of things.
1922 Georgia O'keeffe
(July 2001, Ranchos Church, Taos, New Mexico, USA)
(January 2010, Ranchos Church, from my book)
(May 1996, Estado de Puebla, Mexico)
標高5,426m、ポポカテペトルはメキシコを代表する活火山だ。向きあうように聳える標高5,286mのイスタシワトル(IZTACCIHUATLE)とともに神話の山として知られている。アステカの王妃イスタシワトルと敵国の青年ポポカテペトルは恋におちるが、やがて対立する両国から追われる身となる。二人は厳しい逃避行をつづけ、自由の国を求め海をめざした。海に行くための極寒の山越。しかし、無情にも頂上で吹雪きにあい力尽きてしまう。山の民は二人を哀れみ、この山にポポカテペトルを、向かい合うもう一つの山にイスタシワトルを鳥葬した。そしていつしか、人は、この二つの山を二人の名前で呼ぶようになった。
ポポカテペトルは活発な火山だ。その日も噴煙が上がり、夕日に山のシルエットが鮮やかに浮かび上がり,雄大な影をおとしていた。
(July 2001, on top of a mesa, Acoma, New Mexico, USA)
アコマの集落はメサの頂上にある。アコマ・プエブロはおよそ千年前に拓かれた。現存するものでは、米国で最も歴史のある集落の一つだ。高さ112mの断崖の上につくられ、今でこそ車が通る道路がつながっているが、そこは地上と隔絶した世界であり、千年の時を耐え抜いてきた街の姿がある。
メサの頂上を歩き崖の縁まで行く。広大な大地をさらに大きな空が覆っている。地平線の向こうで真っ白な千切れ雲が次々とわき上がってはメサの上を通り過ぎて行く。地平線の手前にもう一つのメサがある。聞いてみると、アコマの人々はかつて、そのメサに集落を築いたことがあるという。昔、外敵の襲撃を受けたとき、彼らはこのメサを放棄し、もう一つのメサに逃れなければならなかった。そして今、再び先祖たちと共にこのメサに暮らしている。
(December 2005, seed pot, my place, Tokyo, Japan)
閉じられた世界、沈黙した時は、ときとして人に自らの内面に向き合う時間をくれる。そのような時間の存在がアコマにはあるのかも知れない。アコマは芸術の村である。人々は素晴らしい芸術の技を伝承し、今日も創りつづけている。彼らは、芸術を実用のためにつくり、人に気持ちを伝えるためにつくる。豊穣を願うシードポットや結婚を祝うウェディング・ポット。陶器は美しく彩色され、先祖から伝えられている絵柄が施される。その絵の一つ一つが言葉であり、メッセージになっている。絵の意味をたずねてみたが、なかなか教えてくれない。本来は言葉で伝えるものではないという。「一つだけ教えよう」彼はそう言うと、シードポットのトカゲを指差し、「long life」たった一つ言葉を音にした。
(July 2001, Acoma, New Mexico, USA)
ニューメキシコ州の都市アルバカーキから車で半時程南に走ると、赤く焼けた大地に聳えるテーブル・マウンテンが姿を現す。テーブル・マウンテンはメサとよばれている。地球が生きてきた悠久の時間を感じさせる象徴的な風景だ。メサの上には地上と隔絶された文化が今も息づいている。
村を歩くと、住居の窓や出入り口の周りが青い色で縁取りされていることに気づく。聞いてみると、出入り口の周りを青く塗っておくと家の中に悪霊が入ってこないと言う。青は魔除けに使われる色ということだ。
どうも青は特別な色らしい。日本でも古くから多くの人が青に魅せられてきた。いにしえの時代、人は想いを伝えるために青い玉を贈ったという。青は愛情を伝える色であり、大切な人の幸せを願う色だった。地球の反対側のアコマの美しい青につれられて、いつの間にか、遥か遠い古代の日本の連想を旅していた。
(June 1989, Catedral de Santa Maria de Cordoba, Cordoba, Spain)
Light gives value to walls, windows, materials, textures, and colors
Light changes space
Light belong to the heart and to the spirit
(October 2003, NY, USA)
マンハッタン島は強固な岩盤に支えられている。この百年間、岩盤の上に現代のバベルの塔が競うように建設されてきた。今、マンハッタンは高層建築の博物館のようだ。アールデコで飾られた壁面、エレベーターの意匠や照明など。この街には文化の証を伝える宝石がちりばめられている。
(February 2007, Beginhof, Brugge, Belgium)
朝靄のベギン修道院。黄色いスイセンの花が
いっせいに咲く時期も近い。
どんなに長く感じても、冬には必ず終わりが
あり新しい春が巡ってくる。
この修道院は今年で763回の冬をのりこえ、
764回目の春を迎える。
問題にぶつかり乗り越えるのが人生だ。
乗り越えるために想像力が必要だし、
その想像力が才能を花開かせる。
自分にとって想像力は、何かを信じ夢見る能力だ。
(July 2001, INN OF THE ANASAZI, Santa Fe, New Mexico, USA)
ニューメキシコ州サンタフェのホテル、アナサジ・イン。このホテルはグリーン開発の成功例として有名である。グリーン開発とは、そこにある自然環境の価値を高め、すぐれた資源効率を実現し、そして地域社会と豊かな文化的感受性で結びつくこと、これら三つの目標が統合された不動産開発である。
(July 2001, room service menu of INN OF THE ANASAZI) 2001年の初夏、アナサジ・インに滞在した。サンタフェのセントラル広場から近く、近隣には美術館が建ち並ぶ。ジョージア・オキーフの作品にふれることが出来るのは、この街ならではのうれしい体験だ。
このとき、ホテルは完成してからちょうど十年が経っていた。外装の日干し煉瓦はネイティブ・アメリカンの伝統的な工法でつくられた物で、月日の年輪を重ね美しい表情をしている。ホテルの正面に立つと、四十年前まで、この建物が州刑務所の事務所だったことは想像もできない。素晴らしいリノベーションの事例だ。
室内に置かれている地域の伝統的な工芸品、家具、美術品が温かみのあるサンタフェらしい空間をつくりだし、宿泊客を迎える。レストランではこの地方の有機農法でつくられた食材を積極的に使い、農家を支援し続けている。この地域の食文化を堪能できるメニューが楽しく、料理も一流だ。
アナサジ・インの経営の根底にある理念は地域の共感だ。共感こそグリーン開発の本質だろうし、これから先、世界の人をつなげていく価値観だと思う。
(January 2005, Torres del Pine, Patagonia, Chile)
トーレス・デル・パイネ山頂の夜明け
1月のパタゴニアは風が強い。岩壁の上で両手を広げ、ゆっくり
体を前に倒していく。谷から吹上げる強風が体を押し上げ、一方
で、重力は体を谷の底に引き込もうとする。風の力と重力が釣り
合いやがて体は前傾したまま静止する。まるで空に翼を広げる
コンドルのように。大空を飛んでいるような爽快感を楽しんだ。
頂上への道は
自分自身への道であり
したがって、どの山行も単独行のようなものである。
アレッサンドロ・ゴーニャ
(January 2005, Perito Moreno Glacier, Argentina)
地上のあらゆる部分が、いつの日か海へ流れてゆく。巨大な氷河も日々海に向かって動いて行く。やがて崩れ去り、溶け出した養分が海の生物を育んでいく。
しかし、今、地球はこの五十億年で経験したことのない事態に遭遇している。北太平洋亜熱帯還流とよばれる大陸ほどもある海域で、プランクトンを上回る重量のプラスチックが漂流している。ボディスクラブ剤に含まれるプラスチック粒や生分解後に残るプラスチックなど、微細で排水濾過を通り抜けてしまうプラスチック材が、世界中から海に流出している。
こうしたプラスチックが分解するまで、いったいどのくらいの時間がかかるのか誰にもわかっていない。これまで自然に消滅したプラスチックがないからだ。いつか微生物がプラスチックを食糧にするかも知れないが、それは十万年先かも知れない。
(January 2005, Gray Glacier, Argentina)
地球は水の惑星である。水は生き物たちの住みかであり、生命そのものだ。地球は水を循環させることで豊かな生命を育んできた。
生命とそれを支える食料生産、都市の産業などあらゆる活動が水に依存している。そして、急激な人口増加によって、水需要は増大の一途をたどり、さらに大量に水を供給することをせまられている。国際食料政策研究所所長、パー・ピンストラップ・アナーセンは、今後四半世紀以内に五カ国に一カ国の割合で水不足に直面する可能性を指摘する。また、水の需給に加えて人類が直面するもう一つの水問題は、利用可能な水の質の低下である。土壌中への化学物質の浸出、生産施設からの排水、生活排水中の過剰な栄養分とそれを栄養源とする藻類、微生物の繁殖。こうして質の低下した水を飲料水に変えるために、膨大な費用が必要になっている。
水の需要の増大にどのように応えていったらよいのだろうか?帯水層の地下水という、かけがえのない水資源を枯渇させないためには、どのような取り組みが必要なのだろうか?水を希少な資源ととらえ直し、水を再生産し循環させていく仕組みづくりを急がないといけない。
(January 2005, Buenos Aires, Argentina) ちょうど5年前の師走、メキシコに一年間の旅に出ることになった。OECFの海外援助案件、植林研究所を設計するためだ。慌ただしい年の瀬を迎えていた。
年が明け、春の訪れとともに街は極彩色に色づいていく。メキシコの高原都市にいっせいにヘリオトロープ色の花が咲き溢れ、街の通りという通りが薄紫色に染まっていく。ハカランダの木々が花開く季節である。地面にはハカランダとブーゲンビリアの鮮やかな花びらが舞い散り、贅沢な花の絨毯が敷き詰められる。そんな中、通りには屋台が並ぶ。街はタコスやタマレスで一時の腹ごしらえする人々で賑わいを見せる。
メキシコではあいさつは欠かせない。人と顔を合わせたときは Buenos-dias! レストランで食事を終えて出るときには、周りの人に Buen-Probecho! と声をかける。ちょっとした笑顔が返ってくる。
豊かさとは一体、何だったのだろうか。この国の経済力は日本のそれと比べるべくもないのは確かである。しかし、ここでは、人々は確かに生きているということが伝わってくる。金銭的には貧しい人が多いに違いない。しかし、彼らには守るべき家族があり、愛する人がいる。「ここにあった」、そう感じた。
(December 1999, Inagekaigan, Chiba, Japan)