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(February 2007, Brussels, Belgium)
パンドラは神に似せてつくられた美しい人間の女性だった。
ゼウスは、あらゆる災厄が入った壷をパンドラに与え、「けっして開けてはいけない」と忠告する。この言葉によって、パンドラは、おさえのきかない好奇心にとらわれてしまう。このことをゼウスは知っていた。
かくしてパンドラは壷を開けてしまい、あらゆる悪と災厄が世界に放たれた。たったひとつ、「未来を見通す災厄」だけが放たれることなく、壷の底に残された。
一説によると「未来を見通す災厄」が放たれなかったために、私たちは未来を予知することができず、運命を知ることもない。だから、人間は運命は自分で切開くことができると信じており、あきらめず、希望をもちつづけることができるという。
また他の説によると「未来を見通す災厄」が放たれずに残ったために、人間はけっして叶わぬ「希望」をもちつづけ、尽きることのない苦しみにとらわれてしまう。「希望」こそが最大の悲劇であり、人間はあきらめる知恵を永遠に失ったの だ。
(January 2010, my place, Tokyo, Japan)
チルチルとミチルは、青い鳥を探しに旅に出ました。
「思い出の国」に青い鳥がいると聞いて見つけにいきました。
「幸福の国」にも青い鳥がいると聞いてたずねていきました。
そして二人は「未来の国」にも青い鳥をさがしにいきました。
でも、青い鳥はどこにもいませんでした。
目を覚ますと、二人は自分たちのベッドの中にいました。
二人は、ついに青い鳥を見つけることができませんでした。
そのとき、ふと鳥かごを見ると、中に青い羽が入っていました。
そうでした
いつも二人と一緒にいてくれたあの鳥こそ青い鳥だったのです。
(January 2005, Conha y Toro, Santiago de Chile, Chile)
恐れは幻影に似ている。
一歩を越えれば、それは去って行く。
一歩をためらえば、それは離れない。
(January 2010, Nasu-shiobara station, Tochigi, Japan)
出口を選ぶとき、ボクたちは、その先に待ち受けている世界を選んでしまったことになる。出口は、やさしくボクたちを手招きしているけど、何もおしえてくれない。でも、そこは出口だから、外に出たければ、どうしても一つ選ばないといけないんだ。こうして、ボクは昨日も、その前の日も、もっともっと前の日も選ばなければいけなかった。
そして、あの日がきた。
あの日、選ぶはずのなかった出口が、ぽっかり口を開けてボクを待っていたんだ。気がついたらボクはころげ落ちていた。顔が傷だらけになった。顔についた泥を腕で拭って見上げると暗闇の先に空のあかりが見えた。這い上がろうとした。できるはずだった。ボクはそこから出たくて、朝まで、ずっとずっと考えた。
だけど、戻らなかった。
ボクは、転がり落ちたことを無理やり信じ込むことにしたんだ。
そして、そのとき、ボクの中で何かが壊れる音がした。
今日もたくさんの出口があった。そのひとつの出口の先に明日の出口が沢山があって、明日のあしたにも、その向こうの明日にも出口がある。ボクのまわりは出口だらけ。なのに、足あとはいっこだけ。
(January 2010, Tochigi, Japan)
願っていた出会いはすでに起きていたんだ。
それは人生の中に訪れた奇跡の瞬間だった。
(January 2010, The Tokyo Tower, Tokyo, Japan)
素顔のままが好きだ。
大人っぽい顔も好き。
(November 2009, Ginza, Tokyo, Japan)
NHKハイビジョンで「モーニング・グローリー」という雲の特集番組を見た。明け方に現れる巨大な雲。長さ数百キロの帯状の雲が回転しながら大空を通り抜け、陽の光の中で消えていく神秘的な現象が紹介されていた。
この映像を見て、昨年の11月20日に東京の空を覆った不思議な雲を思い出した。幾重にも連なる帯状の雲が空一面を覆った。それらの雲は西方の重く巨大な雲の塊から次々と生まれ東に動いていた。そして銀座の上空を過ぎたあたりで綿菓子のようにかき消えていった。
(September 1996, Divisadero, Estado de Chihuahua, Mexico)
これまでに見た雲でもっとも劇的だったのは、メキシコのDivisaderoで目撃したものだ。1996年9月の日没間際だった。東の空にわき上がる巨大な積乱雲を突然、強烈な陽の光が貫いた。空には光を遮る何ものもなかったはずだったが、説明不可能な光が雲の一点を貫き、雲はオレンジ色に燃え上がった。まるで雲の中で爆発が起きたかのような強烈な光だった。
「待っていても出会えないこともある。しかし、待ちつづけなければ決して出会うことはできない。」これは番組の中で印象に残った言葉だ。この言葉は自然現象について語るなら、まさにそのとおりだし、人生の出会いについても真実なのだと思う。
(December 31 2009, Tokyo, Japan)
願いつづける
強く
意思をもって
(November 2009, Kachidoki, Tokyo, Japan)
人が幸せになるのを見るのはうれしい
涙がこぼれるのはそんなときだ
哀しいときではなくて
(December 2004, Iguazu National Park, Brazil)
全体は部分の足し算ではない。部分部分が協力し合うことで思いがけないできごとが生まれる。今から九十年前、バックミンスター・フラーは協力し合うことで出現する振舞をシナジーと名づけた。水は酸素と水素からできているが、酸素と水素を個別に理解しても水の不思議な振舞は説明できない。恋する二人は、単に二人の人間の足し算ではない。一緒にいる時間は世界の色さえ変えてしまう。
(February 2007, Amsterdam, Nederland)
きみはゆうきをもっていい。
いま、きみがここにいるのは
きみが冬の数だけ花を咲かせてきたから。
(February 2007, Beginhof, Brugge, Belgium)
朝靄のベギン修道院。黄色いスイセンの花が
いっせいに咲く時期も近い。
どんなに長く感じても、冬には必ず終わりが
あり新しい春が巡ってくる。
この修道院は今年で763回の冬をのりこえ、
764回目の春を迎える。
問題にぶつかり乗り越えるのが人生だ。
乗り越えるために想像力が必要だし、
その想像力が才能を花開かせる。
自分にとって想像力は、何かを信じ夢見る能力だ。
(January 2005, Torres del Pine, Patagonia, Chile)
トーレス・デル・パイネ山頂の夜明け
1月のパタゴニアは風が強い。岩壁の上で両手を広げ、ゆっくり
体を前に倒していく。谷から吹上げる強風が体を押し上げ、一方
で、重力は体を谷の底に引き込もうとする。風の力と重力が釣り
合いやがて体は前傾したまま静止する。まるで空に翼を広げる
コンドルのように。大空を飛んでいるような爽快感を楽しんだ。
頂上への道は
自分自身への道であり
したがって、どの山行も単独行のようなものである。
アレッサンドロ・ゴーニャ
(October 2009, Tokyo, Japan)
ショパン自筆のバラード
「ご存知の通り恋をしているときは、空模様が変わりやすいものです。一週間の間にいやというほど「イエス」と「ノー」を、「もし」と「しかし」をいうのです。朝「とてもやりきれない」というかと思うと、夕べには「実にすばらしい」というのです。」ジュルジュ・サンドが1838年の五月にカルロッタ・マリニアニに宛てた手紙の中で述べた心模様。
ショパンの生活はジュルジュ・サンドとの出会いで一変する。ショパンは二十六歳、サンドは三十二歳。作家として名を知られていたサンドは、その知性で芸術家を次々と虜にしていた。ショパンは当初サンドに反撥を覚えるが、いつしか彼女に惹かれていく。そして、1838年の末から翌年にかけてサンドと共にマジョルカ島で過ごす。この間、ショパンはその生涯でもっとも重要な作品となる「二十四のプレリュード」を創り上げていく。サンドの傍ら、病に苦しみ瀕死の状態にあって、ショパンは苦悩を至高の芸術に昇華させていく。
(July 2006, Brancusi museum, Paris, France)
心の中に隠せば、いつか空っぽになって
結局は、空っぽな人間になってしまうよ。
(September 2009, Tokyo, Japan)
そのボトルはとっておけ
つらいときか幸せなときに飲めって。
ストロベーリーワイン色の唇
束の間のきみの香りに浸る。
(July 2006, Stockholm City Hall, Sweden)
芸術家は自分自身のために
自らの内に生まれる感覚を個人的な流儀で表現する。
デザイナーは審美眼をもつ企画者であり
社会のために仕事をしたいと願っている。
(December 2004, Patagonia, Chile)
空の青さを見つめすぎて
送りようのないさびしさが目ざめてしまった。
忘れ始めたら歩き始めよう。
(November 2008, Tokyo bay, Tokyo, Japan)
僕がこれまで人生で学んだ大切なことは
自分の周りにいる人を思うことだ。
互いに助け合える人をね。
僕は幸運にも愛情深い人たちに支えられてきた。
人生の仕事は一人でできるものではなく、
皆でつくるものだ。
良き仲間たちが人生の成功の鍵なんだ。
本当にそう思うよ。
Tomas Cruise Mapother Ⅳ
(May 2006, sunrise, Tokyo, Japan)
不可能な夢物語であるのか、未来のビジョンなのか。
それは、私たちの選択によって決まる。
未来は選びとるものだからだ。