2010/02/23

森からの訪問者



(February 2010, Gunma, Japan)

雪が舞い降りると森は魔法に包まれる。
うさぎ、テン、くま、小さな虫たちも、
真白な世界がみんなをともだちにする。

2010/02/16

パンドラの箱


(February 2007, Brussels, Belgium)

パンドラは神に似せてつくられた美しい人間の女性だった。
ゼウスは、あらゆる災厄が入った壷をパンドラに与え、「けっして開けてはいけない」と忠告する。この言葉によって、パンドラは、おさえのきかない好奇心にとらわれてしまう。このことをゼウスは知っていた。
かくしてパンドラは壷を開けてしまい、あらゆる悪と災厄が世界に放たれた。たったひとつ、「未来を見通す災厄」だけが放たれることなく、壷の底に残された。

一説によると「未来を見通す災厄」が放たれなかったために、私たちは未来を予知することができず、運命を知ることもない。だから、人間は運命は自分で切開くことができると信じており、あきらめず、希望をもちつづけることができるという。

また他の説によると「未来を見通す災厄」が放たれずに残ったために、人間はけっして叶わぬ「希望」をもちつづけ、尽きることのない苦しみにとらわれてしまう。「希望」こそが最大の悲劇であり、人間はあきらめる知恵を永遠に失ったの だ。

2010/02/15

二十一年前


(January 2005, Torres del Paine, Patagonia, Chile)

TVのニュースに目が釘付けになった。
これまで日本で一番高い山は富士山だと信じられていた。その歴史的事実が突然、打ち破られた。女性キャスターの声が興奮で高ぶっている。埼玉県で六千メートル級の山が発見されたという大ニュースが伝えられていた。それだけではない、信じられないもう一つの出来事は、同じく埼玉県に海の存在が確認されたことだ。
埼玉に長年くらしてきた自分にとっても、沸きあがるような喜びだ。特徴のない漠然とした平野が広がり、風光明媚な山並みに縁がなく、もちろん、海はあるはずもなかった。その事実が、今日いっぺんにひっくり返ってしまった。なんとめでたいことだろう。素晴らしいニュースに気持ちが高ぶった。

報じるところによると、なんでもその山はあまりにも高く、周囲をおおう深い霧が晴れることがけっしてない。そして、あまりにも鋭く、針のように天空に突き出ているために、空からも見えないという。発見された海は山の裾野の深い霧の底に眠っている。その海はあまりにも静かで、音もなく、風もなく、においもない。海面の霧はいままで一度も晴れたことがない。

(January 2005, Torres del Paine, Patagonia, Chile)

この歴史的発見を祝って、山頂までの特別な観光列車が建設された。線路は山を螺旋状に巻きながら敷設されている。列車は三両ほどの短い編成で、黒部のトロッコ列車みたいな感じだ。押し寄せた観光客がさっそく列車に乗り込む。列車は針のような山頂からゆっくりと離れ、旋回しながら降下し始める。下界の景色は一面の霧の下でまったく見えない。列車は回転しながら降下し、次第に加速していく。徐々に遠心力がはたらいて、体が外に引っ張られるのを感じる。

おや、どうしたことだろう!?

次第に引っ張る力が強くなる。体が緊張してくる。手すりを握る手が汗ばみ、筋肉が硬直してくる。引っ張る力が強くなってきた。何としても手を離してはならない。必死に手すりにしがみつくが、外に引っ張る力はますます強くなり、耐え難いほどになる。乗客が悲鳴をあげ始めた。体が椅子から浮き上がり宙に舞い上がる。列車は深い霧を抜け、眼下に地上が見え始める。地上の風景が恐ろしいスピードで迫ってくる。列車は音をあげて加速し、乗客の手は次々と引き離される。振り切られて宙に投げ出された乗客たちは、まるで花びらのように優雅に回転しながら落下していく。

このままだと地面に叩き付けられてしまう。
手を離した方が良いのか!?どうする?どうする!
生き残る道はひとつしかない!
思い切って手を離し空に飛び出す。

2010/02/14

二年前


(October 2006, Tokyo, Japan)

北の方で何かが爆発した。
光一閃、街が砂塵になって舞い上がった。膨大な土煙が空に立ちのぼり、巨大なかたまりが猛烈な勢いで向かってくる。
「まずい!いそいで!
ビルの南側に身を隠して!
あっという間の出来事だった。
超高層のガラスがこなごなに吹き飛ばされる。街は赤茶色の嵐の中に飲み込まれ、地面に叩き付けられた。ガラスの破片が烈風になって吹き荒れ、
窓枠の鋼はちぎり飛ばされた。
一体何が起きたのか?
むき出しになった建物の骨組みが、衝撃の凄まじさを物語っていた。いたるところでビルが傾き、街は無惨に破壊されていた。

しかし、人々は懸命に生きようとしていた。
自ら傷つきながらも、となりの人を助けるために手を差し伸べようとしていた。
奇跡だった。一人も命をおとしていなかった。
私たちは生き延びたのだ。

2010/02/13

夢のインデックス


(July 2005, Stockholm City Library, Stockholm, Sweden)

脳の中には夢のインデックスが隠されている。
インデックスを見れば、自分がみた夢をいつでも引き出すことができる。
その「声」が話すところによると、言葉はそれぞれ、そこにつながっている夢のストックをもっている。ある言葉を思いうかべると、つながりのある夢の一覧表があらわれる。その「声」は説明をつづけている。しかし、話している人の姿はどこにも見えない。あたりには誰もいない。何も存在していない。何もない空間。宙にういているような感覚。
その「声」がいうとおり、言葉をひとつイメージしてみた。しかし、その言葉の一覧表には何も登録されていなかった。ほかの言葉でイメージしてみる。すると一覧表の中に、登録されていた夢が現れてきた。

「うまくいきそうだ。」

そう思ったところで目が覚める。

2010/02/12

命を削る金貨


(December 2005, Tokyo, Japan)

その金貨を手にした者は寿命が削り取られていく。
最初の七日目をむかえる朝に寿命は半分になる。その次の三日が過ぎるとさらに残りの命が半分に削り取られてしまう。次の二日、またその次の一日、その次の・・・。時間が過ぎていく度に残りの命が半分になっていく。寿命は限りなくゼロに近づくが、ゼロになることはない。
殺風景で荒涼とした場所に、たった一軒、酒場のような店がある。金貨は、その店で渡されることがある。テーブルに何人かの客があつまっている。そこに店の女主人が顔を見せる。妖艶で、どこか人間ばなれした容姿。女主人はテーブルの上で金貨を見せると、客を促して窓に近づく。窓はステンドグラスで装飾されていて、外は見えない。女主人はおもむろにステンドグラスを割ってしまう。すると、ガラスの間にぎっしりと詰め込まれていた金貨があふれてこぼれ落ち、何枚かが床に転がった。

「削り取る時間がゆっくりすぎやしないか?」
どこかから、微かに男の声が聞こえた。

「みんな、この金貨に手を出しちゃいけない」
自分の心の中で声が響く。

2010/02/11

水の街路


(July 2007, Amsterdam, Nederland)

街角を曲がると、50あまりある運河の一つに出会い、500あまりある橋の一つが目に映る。
並木は左右に途切れることなく続き、切妻屋根の家並みが水の街路に映し出される。木々は路を美しくし、街歩きを庭園の散歩のように楽しい時間にしてくれる。

2010/02/07

Mt.Fuji sunset


(Feburary 2010, Mt. Fuji, from Tokyo, Japan)

今日の日の入りは特別な美しさだった。
陽が沈んでからの数分間、空の輝きは息をのむほど美しい。
東京ではこの週末、日没のダイヤモンド富士になる。
一年にたった二回だけの空からのプレゼントだ。

Mt.Fuji



(February 2010, Mt. Fuji, from Tokyo, Japan)

娘さんは、興奮して頬をまっかにしていた。
だまって空を指さした。見ると、雪。
はっと思った。富士に雪が降ったのだ。
山頂が、まっしろに、光かがやいていた。
御坂の富士も、ばかにできないぞと思った。

        太宰治「富嶽百景」より

朝の光


(February 2010, Tokyo, Japan)

朝の光が地球をめぐり
すべての生命を新しくしていく。
いま、朝の光はこの街を走りぬける。
地平線の向こうの街に
新しい朝をとどけるために。

2010/02/06

デザインの未来


(February 2010, Tokyo, Japan)

むかし、ウェンディ・キャンベル・バーディーは、モロッコで木を植えはじめた。
四年後、彼女が植えた木は高さ4フィートに成長し、木々がシェルターをつくっていた。シェルターの中の空気は適度に湿り、小麦が育つようになった。
その後、彼女はアルジェリアにわたり、木々のシェルターで緑の壁をつくるためにはたらいた。その中で小麦や果樹、野菜を育てようとした。
本当に必要な人たちに、なくてはならないものをとどける。その夢が彼女をつきうごかし、彼女に力をあたえた。
デザインには大きな未来がある。
ウェンディ・キャンベル・バーディーの挑戦は、地球を癒すという、デザインの未来のビジョンを示唆するものだった。

2010/02/05

青い鳥


(January 2010, my place, Tokyo, Japan)

チルチルとミチルは、青い鳥を探しに旅に出ました。
「思い出の国」に青い鳥がいると聞いて見つけにいきました。
「幸福の国」にも青い鳥がいると聞いてたずねていきました。
そして二人は「未来の国」にも青い鳥をさがしにいきました。
でも、青い鳥はどこにもいませんでした。

目を覚ますと、二人は自分たちのベッドの中にいました。
二人は、ついに青い鳥を見つけることができませんでした。
そのとき、ふと鳥かごを見ると、中に青い羽が入っていました。
そうでした
いつも二人と一緒にいてくれたあの鳥こそ青い鳥だったのです。

2010/02/03

節分



(August 2007, shizutani gakko, Bizen, Okayama)

節分。
豆まきをしましょう。

大切な人にとどくように
内にも外にも
そして
世界にしあわせが巡りますように。

2010/01/27

十三夜月


(January 2010, Tokyo, Japan)

十三夜月。

古くから縁起が良い月として愛された。
古代の日本人は、好んでこの月のもとで宴をはったという。
ひときわ冴えた透けるような光。
日本の美意識を感じた瞬間。
英語ではGibbous Moon。

2010/01/26

氷に覆われていた頃


(December 2004, Patagonia, Chile)

(January 2005, Patagonia, Argentina)

氷の大地。人類がつくったものは見当たらない。
すでに仲間が大勢きている。大地にはペンギンがたくさんいる。
私は若い女性と一緒にいる。肩くらいまでに揃えた髪。落ち着いた声。

「めずらしい生き物がいるわよ。ほら、あそこよ。」

よく見ると植物のかげに光沢のある黒い玉が動いている。ビー玉よりも少し大きい硝子のような玉がいくつか繋がって動いている。
足下に小さな恐竜が走って来た。手のひらくらいの大きさで紫をおびた青い色をしている。目の前でさかんに動き回って、何かアピールしている。その仕草が面白くて写真を撮る。すると、恐竜はいろいろなポーズをとり始めた。

「これ、細くて食べるところがなさそうね。」
「むこうはこっちを食べるつもりかも知れない。」
「けど、脚の関節を外せば身がとれそう。」

集まってきた仲間の雑多な声が聞こえる。
にわかに、恐竜の目に警戒の色がうかぶ。

2010/01/25

虹を贈った少女


(December 2004, Patagonia, Chile)

群衆が森の広場に集まっている。
数えきれない小枝と葉っぱが空にかかげられている。
大勢の人が小枝を手に持ち、空に向けている。
小枝のひとつに小さな虹が架かった。
「虹が出た!」
人々の中に喜びの感情が伝わる。

「あなたの葉っぱに虹が生まれるよ」
隣の人が話しかけてきた。
「ほんと?」
聞きかえして、両手いっぱいの小枝を見た。
すると、周りから
「虹!」
という声が聞こえた。
左手にもった葉っぱに淡く小さな虹が生まれていた。
その刹那、まだ見たことのない少女の顔が脳裏にうかんだ。
その少女にこの虹をあげたいと思った。

江戸切子


(January 2010, my place, Tokyo, Japan)

江戸時代に日本橋で生まれた江戸切子。
色硝子に描かれた絵柄を砥石で丹念に削っていく。
硝子の器を手に持ち、右に左に回転させ、傾けながら薄い曲面の硝子を削る。
出来上がった器は宝石にように美しい光をまとっている。
匠の技の素晴らしさをあらためて思う。

2010/01/24

伸びる


(November 2009, Gunma, Japan)

広びろとした空
悩みなどない空の中で

2010/01/21

幻影


(January 2005, Conha y Toro, Santiago de Chile, Chile)

恐れは幻影に似ている。
一歩を越えれば、それは去って行く。
一歩をためらえば、それは離れない。

2010/01/20

出口


(January 2010, Nasu-shiobara station, Tochigi, Japan)

出口を選ぶとき、ボクたちは、その先に待ち受けている世界を選んでしまったことになる。出口は、やさしくボクたちを手招きしているけど、何もおしえてくれない。でも、そこは出口だから、外に出たければ、どうしても一つ選ばないといけないんだ。こうして、ボクは昨日も、その前の日も、もっともっと前の日も選ばなければいけなかった。

そして、あの日がきた。

あの日、選ぶはずのなかった出口が、ぽっかり口を開けてボクを待っていたんだ。気がついたらボクはころげ落ちていた。顔が傷だらけになった。顔についた泥を腕で拭って見上げると暗闇の先に空のあかりが見えた。這い上がろうとした。できるはずだった。ボクはそこから出たくて、朝まで、ずっとずっと考えた。
だけど、戻らなかった。
ボクは、転がり落ちたことを無理やり信じ込むことにしたんだ。
そして、そのとき、ボクの中で何かが壊れる音がした。

今日もたくさんの出口があった。そのひとつの出口の先に明日の出口が沢山があって、明日のあしたにも、その向こうの明日にも出口がある。ボクのまわりは出口だらけ。なのに、足あとはいっこだけ。